南の島をカラー写真と豊富な情報で紹介している興味深い一冊でした。

2012.08.12 Sunday

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    「南の島大図鑑表紙」

    神宮の花火大会を友人の事務所でみることになり、

    ノコノコと出かけて行ったら

    とても面白い人達が集まっていました。

    その中の女性編集者の方から

    上の写真の本をいただきました。

    彼女が編集した本ということでしたが、

    これがとても面白い本だった。

    僕も沖縄の島々をすべて歩き回っていますが、

    著者の加藤氏の情報力は素晴らしい。

    沖縄に限らず、小笠原や徳之島など南の島を

    歩き回り取材して写真を撮っていて、

    濃い内容の本になっていました。

    読んでいると南の島に出かけたくなってきます。

    写真も風景だけではなくて、

    行事や市場の人々などの表情が捉えられているので、

    南の島の人々の表情に癒されてしまいます。

    これは旅に出かけたくなる一冊ですね。



    江成常夫さんの写真集「鬼哭の島」が届きました。

    2012.01.28 Saturday

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      「鬼哭の島(朝日新聞出版刊)」

      沖縄取材から帰ったら

      知人の編集者から江成常夫さんの写真集が

      届けられていた。

      戦争が引き起こした悲哀の風景を問い続けてきた

      江成常夫さんの新しい写真集である。

      開いてみると、太平洋の島々にいまなお残る戦争の傷跡が、

      ゆっくり南の島の風景に溶け込み始めているところを

      正面からかちっとカメラに収めている作品が、

      いかにも硬派の江成さんらしい写真といえる。

      前書きに、「日本人は死者を弔う心を忘れ、

      経済に走り飽食に甘えてきた」とある。

      ぼくにとって耳に痛い言葉であるが、

      全くそのとおりであろう。

      写真は氏が体力に不安を覚えながら2004年から

      各地を6年かけて巡り歩いたものをまとめた作品とのこと。

      本書によればまだ島々には100万柱もの遺骨が

      成仏出来ずに眠っているという。

      タイトル「鬼哭の島」は

      日本軍部の無謀な作戦で帰らぬ人となった死者たちの

      聞こえぬすすり泣きを現している。



      いつも南の島特有のハイコントラストの風景には

      それだけ深い闇が潜んでいるのを感じさせられる。

      もちろん沖縄もそうだ。

      本書にも沖縄の風景が納められている。

      表紙の写真はその沖縄で撮られたものである。

      観光客でにぎわう沖縄の観光地だって

      足元を見れば写真の風景が残っているのだ。

      声に出さないだけで、

      ウチナンチュはまだ忘れていない。









      写真誌が頑張っていた時代

      2010.05.03 Monday

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                  「日本版ZOOM・9号/サロンフォト特集号」

        写真の熱い時代が何度かあるのだが、バブルの頃はちょうどその時期に当たっていたと思う。東京都写真美術館がオープンし、飯沢耕太郎を始めとする写真評論家が現れたりする時代だった。それまでの写真評論は、写真家や別の分野の写真好きの評論家が掛け持ちでしていた。

             
                 「この号では雑賀雄二さんの軍艦島が取り上げられた」

        ZOOMは様々なテーマの特集で写真の可能性を広げてくれた。この頃もう一つの写真誌「デジャヴュ」が刊行されている。

             
                     「ファッション写真の特集もあった」

        アートフォトグラフィーの世界では毛嫌いされるファッション写真だが、力のあるファッション写真家の撮る写真は芸術として認められることを示していた。

        バブルが終わると人々の関心はどんどん別なところに移って行った。写真家たちも小さなパイを取り合うような状況になり、写真の仕事は少なくなってしまった。この頃から、ファッションカメラマンがエディトリアルの分野に移ってきたと思う。

        写真の熱い時代がこうして終わった。

        面白かった写真誌

        2010.05.02 Sunday

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          次々と休刊、廃刊になる雑誌だけれど、昔といってもちょっと前のことのような気がするが、写真誌が花盛りだった。フライデーやフォーカスといったものもあるが、写真のアートや歴史を真面目に取り上げた雑誌が幾つもあった。

                  

          その中でも僕が大好きだったのが、上の写真の日本版ZOOM誌だった。けっこう大きなサイズの雑誌で、日本だけではなく世界の写真家の作品、歴史などを取り上げていて、アサヒカメラのようなカメラ雑誌と違い、写真作品を中心に楽しませてくれていた。

                  

          大学で知り合った服部冬樹氏の作品が特集で掲載された時は正直びっくりした。彼がどのような活動をしているのか知らなかったものだから、クォリティーの高いヌード作品を見て彼が頑張っているのが良く解った。

          僕も頑張らねばと思ったものである。

                  

          もっと続けて欲しかったが、2年ほどで終わってしまった。バブル時代は悪いことばかりいわれているけれど、芸術文化にはとても良い時代で、日本人の好奇心や知識などが高いレベルで実現出来る時でもあった。

          日本における芸術写真の流れが戦争で断ち切られたように、バブルがはじけるとじわじわと芸術文化が縮小して行く姿はまるで戦時中のような気がして来る。
                  

          バンクーバーで見つけました。

          2009.08.23 Sunday

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            「日本語英語?」

            カナダに移住した友人家族が、バンクーバーで日本料理店をはじめて大成功していた。その話を聞いて、ロブソンストリートの港に近い彼の店を訪ねていった。噂どおり、店内は観光客や地元の人々で一杯だった。

            ところが、肝心の友人の姿が見当たらない。店員に尋ねたら、なんと店を売却して近くに「金太郎」というラーメン店をオープンしたというではないか。

            そういえば、三鷹にいる頃から粉物の商売をしたいと言っていた。そば、うどん、ラーメン店などを粉もの商売というらしいが、原価率が低いので儲かるのだと話していたのを思い出した。

            店に行ったが本人は不在だった。

            帰りに本屋によって見つけたのが、上の写真集だ。日本を旅したカナダ人が、日本人の着ているTシャツや看板に書かれている英語が変だ、と気が付き取り集めた写真を一冊の写真集にした。友人のアメリカ人に聞いたら表紙の写真など、英語圏の人間には恥ずかしくて着れないTシャツなのだとか・・・。
             
             なかには面白い日本語英語もある。見つけた方は記録に残しておくと良い。いつかまとまったら本になるかも知れないからね。しかし、知らないということは凄いことをしでかすのだな。

            ところで、著者のサリー・ラーセンの視線にはどこか差別的なものを感じる写真集でもある。資料として購入したが、写真作品としてのレベルはかなり低い。いわゆる企画もの写真集といえる。次はもっとましな写真集を出したらと書いておこう。

            来年はバンクーバーオリンピックがあるので、みなさんバンクーバーに行ったら「金太郎」のラーメン食べに行って下さい。カナダで一番美味しいラーメンという噂も耳にした。
            ただぼくは暗い町並みのバンクーバーはどうしても好きになれない。なんであんな都市でオリンピックやるのだろうね。




















            様々な驚きの写真集

            2009.08.10 Monday

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              「マリー・エレンマークの25年」

              テンプレートを気分転換し新しいものに変え、ついでにad広告も右上に取り入れて、地味なブログをにぎやかにしてみました。訪問者の皆様、ぜひ愛の1クリックをお願い致します。

              さて、この写真集はインドのサーカス団の写真で知られているマリー・エリンマークの25年をまとめたものである。マリアンヌ・ファルトンのマリーへのインタビューと写真を構成して25年間の仕事を紹介している。

              マリーは日本で宝島社の前身、JICC出版からインディアンサーカスの写真集を出しているのであるが、代表的な仕事としては紹介されるのは、やはり表紙写真のようにインドのサーカス団についての写真や記述が多い。

              とはいえ、彼女のフォトジャーナリストとしての仕事はそれだけではない。つねにホームレスや売春など貧困と弱者に目を向け、社会的な問題をモノクローム写真を使って取り組んでいる。1940年生まれというから、今年で69歳になるが元気にニューヨークで仕事をしている。

              マリアンヌ・フルトンのインタビューは、マリーの写真に写る人々に向ける眼差しがどこからくるのかを教えてくれる。

              同じ写真を撮る者として、被写体に向かう深い理解とその姿勢に驚かされたのである。

              「増山たづ子写真集は凄い」

              写す側と写される側の距離が全くない写真というものがあるとすれば、この写真集以外に無い。それほど被写体となった人々に警戒感や緊張感は無い。

              というのも増山さんは同じ村に住む隣人だからである。写っている人たちはみんな顔見知りのご近所さんである。しかし、どの写真を見ても素晴らしい瞬間を捉えていて、ただ写真好きのおばあちゃんが撮った写真とは思えない。

              増山さんは写真を撮り始めた動機を語っている。
              「主人が戦争から帰ってこないのでずっと待っていたら、村がダムに沈むことになってしまった。だから主人が戻ってきた時に、村の様子を見せるために写真で残そうと思った」

              ウーン、素晴らしい写真の理由は愛だったのか。
              主人でなくともこの写真を見せられたら涙が出ます。

              コニカはこの写真を買い取ってコレクションすべきだね。間違いなくピッカリコニカを使って撮った写真の傑作だからね。

              「中山岩太」

              日本ではドキュメンタリー写真が人気である。しかし、いわゆるアート系の写真は、なかなか理解されない時期が続いていた。日本でアート系の写真が育たなかった理由はいろいろあるといわれている。

              その理由の元となるのは、軍国主義が関係している。つまり、戦前にはアート系写真の優秀な写真作家がいたにもかかわらず、アート写真の流れがその時代で途切れてしまったのは、戦争でリアリティーを求める写真が求められたからだ、という説である。

              確かにすっぽりとその時代からアート系写真家は抜けている。

              でも戦前の日本人写真家の作品を見てみると、驚くほどレベルが高い。良い流れがあったのにも関わらず、時代の雰囲気で消えてしまったアート写真は実に残念だ。この写真集の中山岩太も印象的な作品がたくさんあった。



              犬だって

              2009.07.23 Thursday

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                「GRAPHIS 1989 OCT号」

                昨日は猫の写真集を紹介したけれど、犬の写真も昔からよく写真集になっているし、犬を題材にして作品を作っているフォトグラファーもいる。犬の写真の特徴は猫とは全く違う。

                一つは、犬が飼い主である写真家の注文を忠実に実行しているところだ。
                猫写真は猫のご機嫌を伺いながら撮影しているが、犬写真は写真家の注文を愛犬がいかに上手に実行するかが見所なのだ。

                代表的な写真家はウィリアム・ウェッグマンである。

                「最良の友」

                この写真を見た事のある人も多いだろう。彼の最初の愛犬の名前はマン・レイという。マン・レイは写真界の巨匠の名前だが、それを愛犬につけるところが面白い。

                愛犬マン・レイが亡くなった時は、ペットロスシンドロームで作品制作意欲がなくなったといわれていたが、その後フェィレイ、バッティナなど次々に新しい犬をモデルにして作品作りを再開している。

                この写真集はどのページを見ても、マン・レイとウェッグマンとの共同作業であることが良くわかる。彼が落ち込んだのも当然かも知れないね。

                なかなか売れない写真集だが、人気写真家の写真集というものがある。特に動物写真ではこの人の右に出る写真家は見当たらない。岩合光昭さんである。

                「魔法のどうぶつえん」

                この本は、先日編集部を訪ねたおりにいただいてきた。岩合さんは「日本の犬」「日本の猫」シリーズが大当たりしたが、どの写真も動物に対する愛情を感じる写真なので、ランドマークタワーギャラリーでの猫の写真展の時には出品してもらった。

                この写真集もユーモアと愛にあふれているので、ぜひ見て欲しい一冊である。




                猫といえば

                2009.07.22 Wednesday

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                  「猫写真集の人気は・・・」

                  先日、旧知の編集者と雑談をしていたら、本当に写真集が売れないんだよ、とこぼしていた。本が売れないと僕も困るのだが、写真集に限った事ではなくて、全般的に本が売れない時代となった。村上春樹の新作が200万部を突破したと話題になっていても、どうやら焼け石に水のような状態らしい。出版物へ回ってきていた資金が先細りで、Webへと流れを変えたようだ。

                  しかし、出版社も黙っているわけにはいかない。

                  売れる本は何なのか?みんな悩んで答えを見つけようとするが、なかなか金脈にはぶつからない。そんな中に、動物写真集はそこそこ売れると読んだ編集部は猫写真に活路をもとめた。
                  本屋に行くと動物写真のコーナーができるほどだ。

                  しかし、写真の内容としてはどうだろう。同じような写真ばかりで、いずれ飽きられる。
                  もっと独創的な写真や、生き物の本質に迫るような写真集を作って行かないと、お金を出して本を買ってくれなくなる。

                  「ケンブリッジ大学構内に住む猫たちの物語」

                  上の2冊は、僕がランドマークタワーで猫の写真展をプロデュースしたときのものだ。どちらもしっかりしたコンセプトで猫を捉えていて、飼い猫と野良猫の違いはあるものの、それが見応えのある写真となっていた。

                  「いろんな見方があるものだ」

                  しかしながら、この写真集はちょっと気に入らなかった。確かに可愛い仕草を撮っているのだが、とてもわざとらしさを感じる写真だったからだ。作者の猫に対する愛情が感じられないので、写真展をプロデュースするときに選ばなかった。

                  日本で出版される猫写真集にもこの傾向があるので、編集者は良い猫写真とは何かを考えて写真を選択しなければならない。

                  でもそれでもなかなか売れないんだよね。


                  写真を学ぶ本

                  2009.07.05 Sunday

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                    「アンセル・アダムス作例集」

                    写真を勉強しはじめた頃、アンセル・アダムスの美しいモノクロームプリントを見せられて、僕が想像していたのとは違う写真の世界があることを知った。

                    それ以来、アンセル・アダムスのプリントが作品を制作する時の目標になった。なかでも、彼のゾーンシステムを紹介する本はとても役に立つ教科書となったのだ。露出、ネガ現像、プリントの3部作が出版されていた。

                    しかしデジタルとなったいまは、写真の基本を知らなくても、とりあえず誰でもきれいに写真が撮れるようになった。暗室に入らなくてもプリンターで気軽にプリントを楽しめる。

                    こういう時代になり、プロとアマチュアの差が無くなっているという編集者もいるが、僕にはそう思えない。どうでもよい簡単な商品カットならカメラマンでなくても撮れるようになったけれど、シズル感のある魅力的な写真はプロでなければ撮れないし、それなりの勉強が必要だと思う。

                    「こんな本を作ってました。」

                    別冊宝島の仕事で、昔こんな本を作った。まだデジタル写真が無い時代のものだが、写真の歴史を現在活躍している写真評論家やキューレーターたちが、それぞれのテーマを解説している。今思えば、まだ当時は写真が熱い時代であった。1970年代はもっと熱かったけれどね。新宿で石を投げるとカメラマンにあたると言われたほどである。

                    「スーザン・ソンタグの写真論」

                    これはフォトグラファーになりたい人たちは絶対読まねばならない。必読書だ。
                    写真の持っている力が良くわかる。

                    「これではだめだ」

                    入門書ということだが、あまり参考にはならない。僕もインタビューを受けている。
                    まずカメラマンとフォトグラファーの違いが説明されないといけない。

                    同じだと思う人もいると思う。でも、カメラマンはカメラを扱う人という意味なので、映画やテレビでも使う言葉だが、写真の場合はフォトグラファーである。フォトグラフを制作する人だからだ。

                    日本では、写真の内容よりもカメラという機械そのもの方が人気があって、以前アサヒカメラの編集者と話ていたら、うちの本は写真誌ではなくカメラ誌ですから、といわれたことがある。その時初めて「そうなんだ」と理解した。新機種の特集のときはよく売れるからだ。

                    さて、プロになりたい人がいたら明日からプロだと宣言すれば良い。国家試験など関係ないので、売れる写真が撮れるなら仕事がもらえる。そうして写真で稼げば立派なプロである。




                    だから写真は面白い

                    2009.07.03 Friday

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                      「ジョイス・テネソン」

                      写真なのに絵画のような写真をとる写真家たちも多い。
                      ジョイス・テネソンもその一人、彼女のHPをみるとその作品が良くわかる。

                      写真特有のシャープネスやコントラストなどを拒否し、わざとコントラストを落としたりフワーッとした映像に仕上げ、記録やリアリティーよりも自分のイメージを写真で切り取っていくのである。

                      でも、これが写真家にとっては一番重要な仕事かもしれない。

                      写真が発明されてから、ネガにイメージを定着させ、プリントすると同じものが幾つも作れるという機能を持っているために、あらゆる産業に利用されてきた。医学、IT産業、印刷、工業など写真の恩恵を受けている。

                      これは、いかに精度を高く被写体を再現できるのか、写真は本物そっくりに写すことを追い求めてきた歴史からすれば、否定されるものではない。

                      しかし、写真の面白さは被写体をきれいに写すことではなく、写真家の追い求めるイメージをいかにプリントに表現するか、で問われるべきなのだ、と思う。

                      「アンナ・ケール」

                      この写真集はちょっと不思議だなぁと思って購入した。構図もピントもすべてが曖昧というか甘いというか、だからつまらない写真というわけではないのだ。ファッション写真というわけでもない。

                      伝えたい、表現したいという気持ちが伝わってくるので見ていて楽しい。

                      ヘタウマという言葉が流行ったけれど、写真でもおなじだな。

                      「上田義彦 写真集」

                      日本人の写真家で上手だなぁ、と思うのは上田義彦さんだ。桐島カレンのご主人でもある。
                      写真のもつ気持ち良さを100%引き出していると思う。構図、トーン、色使い、被写体のポーズ等々どれをとってもしっかりしている。

                      しかも、人物写真、風景写真の差がない。鋤田正義さんの助手をしていたとの話を聞いたことがある。よほどしっかりした写真を学ばれたのだろう。